パリの学校とICT活用

1983年にOECD中等教育におけるコンピュータの活用状況について参加24カ国の調査を実施し、その翌年にパリの本部で国際会議を開催しましした。日本からは文部省の社会教育局(当時)から1名と大学から2名のものが参加しました。そのときの調査結果から、導入に関して総合的なアプローチ、カリキュラムからのアプローチ、職業教育からのアプローチ、情報機器からのアプローチと分類され、日本は職業教育における活用で筆頭に挙げられました。

その後、ヨーロッパの状況を調べるために毎年のようにイギリスやフランスを訪問していました。とくにパリでは一人で出かけることが多かったのですが、さまざまな人に会ってコンピャータ活用の状況を知ることができました。その最初の人は小学校の教師で、コンピュータを使用している状況を紹介してくれることになったのですが、夕方に自宅に来て夕食をすませてから見に行こうということになりました。不審に思っていたのですが、夕食はフランスの典型的な田舎料理である豆をぐつぐつ煮たもので、いわゆる農民のあいだで広く食べられているものだということでした。私には少し重い感じの食事でしたが、フランスは農業大国ですからなるほどと納得しました。

食事の後、近くの小学校に出掛けて地下室に案内されたのですが、裸電球の部屋の壁際に数台のコンピュータが並べてあり、そこに十人あまりの子供たちが集まって操作していました。その教師によると近くの外国移民の子供たちだということでした。

その後も一人で出かけるときはソルボンヌの近くのウルム街にある国立教育研究所(INRP)の海外関係担当の方に紹介されてさまざまな学校を訪問することができました。あるコレージュ(中学校に相当)では音楽に活用しているということでしたので、その状況を参観することができました。輪唱の各パートの入り方を、パソコンでリズムを流しながら教師が指導していたのですが、子どもたちは隣の友達と話をしていたり、よそ見をしていたりとなかなか指導についてこないので、ついに教師も声を荒げて注意する状況でした。授業の後で恥ずかしい授業を見せましたと教師は弁解していました。その学校の校長室の入口にはさまざまな注意書きのしてある紙が貼ってあり、そのなかに「学校に凶器を持ち込むな」というものがありました。このコレージュはつい最近近くの女子コレージュと併合されたばかりで貧しい家庭の子どもが多いということでした。
 他に紹介されたリセ(高校に相当)では校長先生が書類をもってきて数字を示しながら、この地域はユダヤ系の人々が多く、科目によって成績が思わしくないので、その得点を上げるために派遣されたとのことでした。その校長先生はコンピュータからのさまざまなプリント用紙を示しながらどのように学校経営をしているかを説明して下さいました。

パリでは他の学校もいくつか見学しているのですが、設備がよく整ったところよりも指導困難校をよく紹介してくれたのが印象的でした。とくに頼んでそのような学校を紹介してもらっていたわけではありませんが、日本でコンピュータ活用の学校を見学するときは、よくコンピュータ室が整備されている学校が多かった時期に、特にフランスでは指導困難校や校長室のコンピュータから印刷される資料を見せて頂いたことが印象的です。パリはそのような貧困層の子どもたちの教育に力を入れないと授業が成立しないし、将来の社会不安になる懸念があるからです。

20世紀後半に取り組まれていた中等教育の教育改革も進展して、2005年にはリセの最終段階で受験するバッカロレアの受験生も増えて70.0パーセントの生徒が受験し、その80.1パーセントが合格しています。すなわち56パーセントあまりの若者が高等教育にアクセスすることが認められています。このバッカロレアは一般バッカロレアが35.1パーセント、技術バッカロレアが19.9パーセント、職業バッカロレアが15.0パーセントですが、この職業バッカロレアのところに貧困家庭からの進学が期待されているのです。ちなみに1965年当時で高等教育への進学は上級幹部の家庭で45.0パーセント、中級幹部の家庭で25.0パーセント、工業労働者の家庭で1.1パーセント、農業労働者の家庭で0.7パーセントでしたから、この40年間で教育の民主化はずいぶんと進展したものです。

ちなみにわが国の2006年度の高校からの大学などへの進学率は49.3パーセントですが、そのうちで普通高校から42.4パーセントですから職業高校他からは6.9パーセントということになります。