不況時の企業の削減と損失

アメリカに端を発した昨年後半からの景気後退は,世界的な規模でさまざまな影響をもたらしていますが,新聞紙上では毎日のように人員削減と,企業利益の損失が報じられています.○千人の人員削減とか○千億円の経常利益の損失といった表現がなされています.削減対象が人であり,損失の対象が利益ということです.

この同じ現象を○千人の損失であり,経常利益を○千億円削減する必要があるという表現で伝えられるならばその企業が人を財産としてみなしており,経費の節約によってこの難局に対応しようとする態度と読むことができます.
 人材を人財とよび,損失は金銭ではなくそのような人財であると報告する企業があるならばその企業はかなり有望なのでしょう.わが国は相変わらず人よりも物優先の世界であると感じます.

セイフティネットの構築と学習開発専門家の育成

3月29日の日曜日に日本教育工学会主催のFD研修・ワークショップが開催されましたが,その実施をわれわれの研究所が担当することになりました.これまで大学の学生の授業,中学校初任者の研修などで実施してきましたが,主として大学の教員を相手の研修とあって,多少の不安はありましたが,結果的には大変充実した研修を提供することができました.40名の定員のところを当初は大幅にオーバーしていましたが,急に参加できない人もでてきて最終的には40名ぴったりの研修会でした.

午前10時から午後5時30分までの討議などを中心としたワークショップを用意したのですが,時間が足らないほどで,時間内に最後の報告書を書くという課題ができなくなり,結局オンラインでの提出ということになりました.そのときに使用した教材やスライドの資料などを近くこの研究所のホームページにアップする予定です.

協調自律学習がどのようにして開発されてきたかを2000年からの経緯を紹介したのですが,この種の学習は一朝一夕には計画が実現するものではなく,長い期間をかけて計画的に移行していく必要があることを理解していただけたのではないかと思います.今回紹介した方法論は,公式外学習による専門職の学習にも発展できるものですから,セイフティネットの構築にも有効な方法論です.現在われわれが企画している大学校についても最後に少し紹介することができました.

外国からの理論と称するものを導入しても,技術に関してはうまくいかないということをわが国はさんざん経験しています.それは明治時代の文明開化のときの外国技術の導入とお雇い技術者の招聘においていろいろと経験しています.また第二次世界大戦ごの復興期にも国産の独自技術がその後の産業の発展に大いに貢献しました.ホンダのオートバイ,ソニーの電子機器などの工業製品で輸出しているものはほとんどが国内で開発された技術です.

今回紹介したシンボリック設計法ももっぱらヨーロッパで発表してきたものですが,まったく新しいコンセプトの研究は国内の学会誌ではなかなか評価されないので,若い人はどんどん海外で発表してみるとよいでしょう.わが国の教育界では,情報通信技術に強い人は哲学書が読めない,教育理論を講ずる人は情報通信技術に弱いということですから,わが国独自の教育理論が生まれるのは夢物語なのかもしれません.

専門職教育と公式外学習と教育費

2月21日に関空から出発してパリにでかけました.23日にはボローニァプロセスに対してフランスがどのように対応しているのかについて専門職免状を与えているCNCP(Commision Nationale de la Certification Professionnelle)のMadame Anne-Marie Charaudからいろいろと状況をお聞きすることができました.2時間50分にわたっての会談でしたが,録音を採ることが許されたものの,専門用語も多く含まれているのでフランス語による会談でした.久しぶりにフランス語で長時間のやりとりだったのでかなり疲れました.以前に技術教育高等師範学校に10か月ほど留学していたこともあり,そのときに主として技術教育の制度や専門教育についても調べたことがあったのでさまざまな免状のことや大学と高等専門教育との関連もお聞きしたが,大変親切に説明していただきました.録音したもののテープ起こしをしたいと思いますが,これを他人にお願いすることもできないので,少し時間がかかっても自分でやるしかないかと戸惑っています.

大学教育と高等専門教育のことをいろいろと質してみましたが,結論としてフランスは伝統的な大学の在り方,すなわち抽象的な思考に優れた学生を入学させて新しい知識を創造することに専念できるような中世以来の伝統を守ることに成功しているといえます.そして近代の科学技術が要求している高等専門教育については教育省だけでなく,それ以外の省庁に付設されている専門学校のほかに,私立の専門学校で技術教育が実施されています.このうちの各省庁に属している専門学校で,たとえば私が留学していた技術教育高等師範学校は現在地名をつけたカッション高等師範学校になっています.以前は入学と同時に少額ではあっても給料が支給されていたのですが,最近では無給になっているとのことですが,授業料はもちろん無料です.1960-70年代に多く創設された私立の専門学校も企業と契約して分担金を納めてもらっているので授業料は無料です.そして大学に入れるのは一般バッカロレアのうちの科学(自然科学,社会科学,人文科学などが含まれる)の試験に合格したものだけですので人数もそれほど多くないことと,本来,職業教育とは無縁ですので高等教育のユニバーサル化とも関係ないのですが,ボローニァプロセスが進めている欧州高等教育圏との関係では複雑になっていて,2009年すなわち今年から大学にもボローニァプロセスの説明会が始まり,この3月12-13日にも開かれるとのことです.すなわち大学はもともとヨーロッパで自由に行き来していたのですが,専門教育においても単位互換の問題が生じてきます.

午後からは私立の高等教育機関であるCESIについて話を聞くことができました.この組織はフランス国内に24か所のサイトをもち,スペインとアルジェにブランチをもつ専門的なコンサルタントや専門家養成を行っている高等技術教育機関です.わが国の工学部とコンサルタント会社が一緒になっているような組織で570名の職員と2000人の専門家のネットワークをもち,年間23,000以上の研修生,見習生,生徒が教育されているところです.このような機関が高等専門教育を企業との契約で実施しているので学生はもちろん財政的負担はありません.このような私立の専門学校はたくさんあるそうですが,このCESIがもっとも大きいとのことです.

以上のような背景をもつヨーロッパで国連決議にもある高等教育を無償にするとしているのですから,日本の大学の授業料を現状のままで無償にすることは不可能です.しかし,家庭に対する教育負担がまったくないということは注目すべきであり,これがヨーロッパの職業と教育にたいする考え方です.社会全体ですべての若者に高等教育までを保障しようというものです.

二日目の25日にはOECDに出かけて,Dr. Patrick Werquinにお会いして公式外・非公式学習についての考え方でいろいろと助言や示唆をいただきました.我が国では公式教育(formal education)があまりにも高額ですから,今後,non-formal learningにも注目してe-learningを積極的に進めるべきです.しかし,このプロジェクトに参加している23か国にわが国は含まれているのですが報告書が提出されている16か国には含まれていません.e-learningの社会的活用に関してもわが国はまだまだ冷淡なようです.我が国の国民の高額な教育負担はいつもで続くのでしょう.しかし国民から支持されない大学はそのうちに消滅していくでしょう.

変動社会でのセイフティネットの立ち遅れ

学会などで高等教育の無償化の問題をとりあげても、まったく相手にされないのがわが国の教育界の現状です。しかし、現在の世界的な不況に当面して、派遣社員や非正規雇用の社員が解雇されている状況は、変動社会では十分に予測されていたところです。1990年代中頃にカナダのTony Batesらが失業者、ホームレスなどの問題にたいしてICTをいかに活用するかについて論じていますし、すでにさまざまなメディアを活用したときのコスト計算も実施していて、印刷教材がもっとも安価であり、そのつぎがFully onlineの教育が150名程度を超えると対面授業よりも安くなることを試算しています。デンマークが早くから貧困家庭にインテーネットを導入して職業教育を実施することを計画していましたが、このような遠隔学習が現在進行している世界的な不況の状況でどのように機能したかを知りたいものです。


わが国では平成19年度まで大学の授業料は高騰していることが明らかですが、その後はどうなったでしょうか。

世界人権宣言と遠隔教育・e-Learning

2008年10月20日から22日までの3日間、パリのユネスコ本部でEDEN(European Distance and E-learning Network)の研究ワークショップが開催されました。このネットワークには2005年以来毎年参加して発表してきましたが、遠隔教育やe-Learningの根底には人権の問題があることを改めて痛感しました。このワークショップは世界人権宣言が1948年に公布されて60周年の記念行事の一環として実施されたからです。さらに1976年には「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」が制定されて、その第13条第2項Cで高等教育も無償にすることが勧告されています。

このような状況を背景にして開催されたワークショップでは、さまざまな研究が報告され、なかには日本の学生を対象にしたe-Learningの研究もありました。すべての人に高等教育をいうスローガンのもとに遠隔教育もe-Learningも進められているので教育効果については大方の評価基準が了解できるという背景があります。とくにイギリスの公開大学(The Open University)が国内で大学での教育部門でトップ5に入ったということで高く評価されていました。

すべての人に高等教育をというスローガンは、当然のことながらこれまでの教育制度では実現不可能ですから、まったく新しい概念とこれからのICTの進歩に期待されています。最近のSNSの発達やアバターセカンドライフなども活用してメンターの役割を代替させようという発想も高等教育を無償化するための手段です。

初めての教師体験

私は大学で工学部電子工学科を卒業しましたが,そのあと教育学部編入学して2つの学部を卒業したことになります.教育学部に在籍していた当時,すでに工学部の学士の資格をもっていたので,大阪に新設された工業高校に常勤講師として務めるかたわら教育学部の授業を受けていました.

工業の学習指導要領には内容が4−5行の項目が書かれているだけで,教科書もない電子通信に関する新しい科目を担当することになったのですが,その科目の教科書を出版することになって当時の大阪府教育委員会の指導主事から依頼されてその一部を担当することになりました.学部卒でいきなり教科書を執筆するという大役だったのですが,依頼された理由は電子工学卒業だからもっとも新しいことを知っているだろうということでした.

その後,大学に工業教員養成所が新設されることになり,そこでの電気工学科の助手になったのですが,教授はすでに定年を間近に控えた方で新しい電子工学関係の実験を準備することができなかったので,一切の準備をしました.誰も直接指導して頂ける人はなく,いろいろと本を読んだり,他の大学の実験室にお邪魔したり,先の新設された工業高校の設備などを参考に整備していきました.

それ以来,京都教育大学での教育工学センターの新設,教育研究実践センターへの転換など新しいセンターの整備と準備などを経験しました.学会についても日本教育工学会,日本科学教育学会,日本教育実践学会の創設に参加する機会がありましたが,このような経験から学んだことは「自分の前に道はない,自分の後ろに道がある」ということを実感したことです.

最近の研究は,日本の教育の実態には早すぎるものなのでもっぱらヨーロッパを中心に発表しています.ヨーロッパの人たちが,授業料無償の高等教育を開拓しようとしていますが,学ぶことについての意識や制度がわが国とは大きく異なるのでしょう.わが国の大学生が少しでも自分から学ぶということを体験してほしいと授業設計にいろいろと苦しんでいるのですが,まだうまくいかないことが多いです.

しかし幸いなことにヨーロッパの研究者はよく理解してくれるので議論が楽しいです.まったく教授を必要とせず,メンターだけが学習支援をすれば円滑に進行するような授業を設計することはなかなか挑戦的な課題です.イタリアのボローニャに1088年に大学ができたときは,学生の組合のようなものだったということです.いまそのボローニァの精神に帰ることが試みられていますね.ボローニャ・プロセスという大プロジェクトです.

教えられる態度から学ぶ態度への転換

まもなく秋学期が始まるので,授業の準備に取り掛かりました.

今年の春学期の中等教科教育法情報の授業では,自分たちで学べるような環境を整えて,できるだけ教えないように試みてみたのですが,これが全員にたいして好評だったわけではありません.チーム学習に適した学習支援システムのTeam Gearを導入し,ブログも使えるようにして各自ができるだけ自由に書き込むように奨励しました.さらに単語帳として活用されているフリーソフトのtangocho.comを使用して専門用語を分担して調べるようにしました.このときに2−3名が1チームになって調べるタンデム学習(タンデムとは2−3人乗りの自転車,飛行機やパラグライダーの練習生と指導教官が相乗りする方法)と称した方法をとりました.このときに私が少しでも介入すると,友達に相談せずにいきなり私の方に質問するという現象が起こることがあるのでできるだけ冷淡に介入しないようにしました.

しかし,どうも学生は教師に教えてもらいたいようで,教師に確かめないと自分の知識が正しいかどうかに自信がないようです.一部の学生はわたくしの意図を理解してくれましたが,一部の学生にはまったく不評で反発を買ったようです.ICT時代にあっては教えない教育,さらには生涯学習社会の実現が目指されているのですが,教えてもらう態度から自ら学ぶ態度への転換はなかなか難しいようです.対面授業と少人数教育という呪縛からなかなか解き放たれないようで,教育費はますます高騰し,教育格差はさらに拡大して教育亡国への道へと突き進むのでしょう.